時代を越えて対立する部族【シーソーモンスター 伊坂幸太郎】

読書

伊坂幸太郎さんが螺旋プロジェクトの中で書き上げた小説で、昭和後期の「シーソーモンスター」と近未来の「スピンモンスター」の2作品が収録されています。

普通の主婦、普通のサラリーマンだと思いきや実は・・・。という伊坂さんらしい設定の中、主観が入れ替わりながら物語が進んでいくあたり、これまた伊坂さんらしい展開です。

「シーソーモンスター」は嫁と姑の、「スピンモンスター」は配達人と警察官の対立に、海族と山族という原始から代々続く対立が関係してきます。

バブルの時代、医者の不正、諜報機関、不審な死、暴走するAI、情報操作、近未来の乗り物、人権などが物語の鍵となり、ワクワク、ドキドキしながら読み進められる作品です。

螺旋プロジェクト

螺旋プロジェクトとは伊坂幸太郎さんの呼びかけで8人の作家が集まり、「共通のルールを決めて、原始から未来までの物語をみんなで書きましょう。」という企画です。

ルールは次のとおりです。

  • 「海族」 VS 「山族」の対立を描く
  • 共通のキャラクターを登場させる
  • 共通シーンや象徴モチーフを出す

原始から未来までを9つに分け、8人の作家が同じ設定の中で作品を書き上げています。

縛りのある中で、それぞれの作家の特徴がどう出るのかを楽しめます。

また、作品をまたいで登場する「クジラ」、「分断の壁」などのモチーフが、どう関係してくるかに注目して読むのも面白いと思います。

あらすじ

シーソーモンスター

背景は昭和後期のバブル時代。嫁と姑の対立と二人の間に挟まれる悩めるサラリーマンの物語。

嫁が姑の周りで起きた事故死を不審に思い、疑惑を深めていく中で、サラリーマンの夫はある出来事をきっかけとして命の危険にさらされる。

会えば必ずぶつかる二人の対立の原因は、原始から続く二つの部族「海族」と「山族」の対立にあり、避けられない運命であった。

お互いを理解し合えたとき、その対立関係はどう変化していくのか。運命に逆らえるのか。

バランスとりながら生きていくために二人が選んだ道とは。

スピンモンスター

時代は近未来、手紙の配達人と警察官が原始から対立する「海族」と「山族」。

二人の共通点は家族の死亡事故。幼少期にそれぞれの家族が乗った車は、高速道路で衝突し二人を残して亡くなっていた。

同級生として再会しお互いを避けて大人になった後も、運命により引き合わされて対立する。

AIの暴走とそれを止めようとする研究者たちに巻き込まれながら、またしても再会した二人に訪れる結末は。

読了後の学び

  • AIより人間が優れている能力
  • 資本主義の悲しい真実
  • 遺伝子が対立を望む可能性

メッセージの裏を読む能力

「裏になにか別の意味がある。それを人間は察知する。もしかすると機械よりも優れている点かもしれない」

伊坂幸太郎(2022年10月)「シーソーモンスター」中央公論新社

「シーソーゲーム」の何気ない会話の中の一コマですが、誰かの発するメッセージに対して裏の意味を考えてしまうことを言っています。

「人間」全般そうですが、空気を読む「日本人」に特に強い傾向があるかもしれません。

例えば、「○○ちゃん算数100点だって、すごいね。」という言葉は〇〇ちゃんを評価しているというのが素直な受け止め方ですが、裏に別の意味があると考えることもできます。

言われた方は「もっとがんばれよ。」という激励とも受け取れるし、「それに比べてあんたは全然ダメだけどね。」という皮肉にも受け取れるし、もしかしたら裏の意味は全くないかもしれません。

話す人の表情や声のトーン、前後の出来事や普段からの関係で言葉の捉え方は変わります。

しかもメッセージを発した本人から正解が明かされることはほとんどありません。

「今は皮肉で言ったのよ。」とはなかなか言わないと思います。

つまり正解となるデータを集めることがかなり難しいということであり、ビッグデータが必要なAIにとって、もしかしたらかなり難しい領域かもしれません。

新井紀子著『AI vs 教科書が読めない子どもたち』のなかで、論理という点で人間に勝ち目があることを紹介していますが、こうして小説からもさまざまな可能性が見えてくることに気付かされます。

一方で、一つの物事に対する正解を機械が得られないとしても、ビッグデーターによりAIが正解にたどり着く可能性は十分にあります。

インターネットや監視カメラが捉える会議中や日常での会話、表情、リアクション、心拍数、快眠度など無数のデータ源から、個々のデータ源の歪みを修正し統計的に平均値に近づけるという方法です。

成田悠輔著『22世紀の民主主義』には、こうした方法で民主主義を変えていこうという提案が書かれており、AIを活用した独創的な発想です。

人間とAIの関わりについては今後あらゆる場面に影響を及ぼし、深まっていくことは避けられませんが、世の中の発展のために適切に進歩していくことを願いつつ、人間にしか出来ないことを考察していくとも面白いと思います。

争いにより成長する資本主義

「できるだけたくさんの可能性を増やす方向に、物事は進む。撹拌して、拡散する。だから、争いは起きなくてはいけない。争いとは、衝突することだから。欲しいものがなくなれば経済は止まる。持っているものを奪えばいい。そうすれば欲しいものが増える。現状維持と縮小こそ悪だ。作って、壊す。作って、壊す。いや、壊す、という認識すらないだろうな。」

伊坂幸太郎(2022年10月)「シーソーモンスター」中央公論新社

「スピンモンスター」の中で、配達人と警察官が学生の頃に交わした言葉の一つです。

世の中の2つの真実を語っていると思います。資本主義経済が成長していくためにはあながち間違っていない気もします。

1つ目の真実として、物は「壊れる」から経済が発展するという真実。

物を開発して売る人は、世の中のためになって便利で長く使えるものを作ることを理想とはしていますが、一方で壊れないと新しいものが売れないことも事実です。

穿った見方をすれば、ちゃんと壊れるようにできていて、壊れるから新しいものが必要になり、それにより経済は回っていると考えることができます。

2つ目の真実として、争いにより「壊す」ことで強制的に「作る」を加速させて経済が発展するという真実。

これは戦争で経済が発展するこという悲しい事実を、暗に言っているのではないかとも考えられます。

各国の最先端の技術は兵器の開発や軍事機密情報などの安全保障に使われ、後にその技術が転用されて世の中を豊かにしている面があります。

インターネットや、ドローン、携帯電話など軍事技術が民間技術に転用されたものは多岐にわたります。

これらが今の世の中を作っていることを考えると、争いから生まれた技術を完全に否定することも難しいと思います。

先に紹介した一コマの「裏になにか別の意味がある」というところかもしれません。

物語の最初、二人の出会いも車の衝突であり「壊す」ことから始まります。

もそもそも私達が住む地球も、46億年前に小惑星の衝突を繰り返して誕生しました。

作って壊す、壊して作る。私は資本主義の悲しい真実を物語っていると捉えました。

遺伝子も望む対立

「生き物は、遺伝子が生きながらえるための乗り物に過ぎないとは、昔から言われているだろ。それと同じように、僕は、対立を繰り返すための乗り物だったんだ」

伊坂幸太郎(2022年10月)「シーソーモンスター」中央公論新社

「スピンモンスター」の中の配達人のセリフです。

前半の「生き物は遺伝子の乗り物に過ぎない」という言葉は、イギリスの進化生物学者リチャード・ドーキンスが「利己的な遺伝子」という考え方の中で使ったものです。

生物を乗り物と考えて、遺伝子が生き残っていくために、次の世代へと乗り換えていくイメージで、遺伝子を中心とした考え方です。

対立により争いが起こり、衝突が起こり、作って壊すことで資本主義が進化し、遺伝子が住みやすい世の中になるよう、たくさんの可能性を増やす方向に物事を進ませていると考えると、対立を繰り返す乗り物と表現も理解できます。

生き物のその時々の幸福や喜怒哀楽などの感情を考えず、遺伝子の残る可能性を増やすためだけに争わせているとしたら充分考えられることかもしれません。

伊坂さんはあとがきの中で、編集者との会話から着想を得たように言っていますが、物語中に、車や自転車、スクーターや新幹線など多くの乗り物が登場するところを考えると、最初から計算されていたのではないかとさえ思います。

遺伝子が対立を生むという考え方も独特で面白いと思いました。

お勧めしたい人

  • 伊坂幸太郎ファン
  • SF小説好きの人
  • 伊坂幸太郎ファン

    企画という縛りの中でも、伊坂さんらしさがとても出ている作品だと思います。

    世の中に対するメッセージ性もあり、どう読み取るかいろいろな読者の受け止め方を聞いてみたいです。

  • SF小説好きの人

    「スピンモンスター」はAIとの話です。

    AIによる社会の変化は、便利になるプラスの面と、未知数のマイナス面とがあり、さまざまな可能性がある中で一つの社会が表現されています。

    ディストピアSF小説としてお勧めします。

    古いですが、全体主義化していく世界への警鐘【1984年 ジョージ・オーウェル】もすごく面白いのでお勧めしておきます。

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